フランスのパトリス・ルコント監督の作品『列車に乗った男』を観ました。冒頭と最後の列車の走る音が印象的。
どんなに気持ちが止まっていても、人生や時間は進み続けているのが伝わってきます。
最初の列車の音は、今までの人生があって今があるということを、最後の列車の音は、もう1つの想像した人生が持っていた可能性を思わせます。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは演劇を2つに分類しました。
1つは悲劇、もう1つは喜劇。
悲劇とは、ある優れた個人の悲劇の人生を描くことで「徳」を表現するもの。
喜劇とは、一般化された人物が送る一般的な生活を描くことで「悪徳」を表現するもの。
古代ギリシャでは、これが完全に当てはまっていたみたいです。
でも、今の時代、映画を含めて演劇的なものは必ずしもこの2つにはあてはまらない。
『蟲師』なんて全然当てはまりません。
時代を経て、世界がある程度お互いの文化を共有している現代、作品の様式は多様化し、アリストテレスにとっては想定の範囲外の状況でしょう。
でも、どんなに作品が多様化しようとも1つだけ言えることがあります。
それは、映画も演劇も、その世界に流れる時間の一部を切り取ってあるということ。
世界の始まりから、世界の終わりまで全てを描くことはできない。
人類それぞれが歩んだ人生を全て描ききることは不可能です。
だから、ストーリーには語られない過去があり、語りえない未来があるものです。
言ってみれば、世界に流れる時間軸が線路で、ある瞬間一つ一つが駅であって、そこを過去から未来へ流れていく現在は列車のようなもの。
人生も列車のように、ある駅で乗り換えて別の線路に乗ることができたのかもしれない。
別の人生を歩むことができたのかもしれない。
この作品の主な登場人物は2人。
1人は、ある町に狙いを定めて列車に揺られて訪れる強盗の男。
もう1人は、その町に生まれ育ち、比較的裕福で平穏な生活を送っている老人。
観光客の来ない町を、観光客がいない季節に訪れてしまった男は、薬屋で偶然出会った老人の家に部屋を借りることになる。
それが2人の停滞した心を動かすキッカケになる。
男は、生きるために現実的にならなければいけなかった。
現実的にものを考えて、現実的に方法を考えて、現実的に実行していかなければ生きることができない。
老人は、生きるために空想的であらねばならなかった。
退屈な生活に彩りを加え、意味を加え、喜びや楽しみを得るためには、空想の力に頼るしかなかった。
そんな2人が出会う。
それぞれ、心が本当に望んでいた人生の味を相手を通して知ってしまう。
男は老人の文化的な生活を、老人は男の浪漫的な生活を。
短い2人での生活の中で、2人は相手の生活に魅かれていく。
その後の人生を交換したいと思うようになる。
でも、自分には自分が生きなければならない人生がある。
自分が抱えている人生がある。
そうして、男は強盗へ、老人は病院へ、自分の人生を全うしに行く。
最後の部分は、相手の人生を生きる彼らの想像なのか、実際にその人生を歩み始めた彼らの未来なのか。
どっちとも解釈できるシーン。
アマゾンのコメントでは、ラストは2人が死んで、走馬灯のように自分が相手の人生をいきている姿が脳裏に浮かんだんだって解釈してる人が多いみたいです。
だけど、僕は違うと思います。
あれは実際に死の淵から生還した2人が人生を交換して、新しい人生を歩み始める姿だと思います。
じゃなきゃ、ラストシーンの列車の音が意味しているものがわかりません。
列車に乗るようにして訪れた人生のある短い期間がこの映画で語られている時間。
その時間が終わり、2人の新しい人生が進んでいく音があの列車の音だと僕は思っています。
老人の心電図が再び動き出すのは、新しい人生を意味しているのであって、死に際に空想するシーンだったら心電図が1回止まる意味がない。
死の淵にある2人の姿と、新しい人生を歩む2人の姿が交錯するように表現されているのは、2人がどれほどまでに強くその人生を求めているのかを僕たちに示そうとしているんだと思います。
フランス映画って、アメリカ映画が好きな人にとっては鬱屈した雰囲気が流れているんでしょうけど、僕は好きです。
この作品なんて、とても素敵じゃないですか。
あの心の微妙な動きを表現している映像と音楽。
ギターの繊細な音の揺れが2人の心の揺れを、観ている人の心にまで共鳴させてくれる。
列車の音も印象的だし、音による表現が素敵な映画です。
分かる人には勧めたい映画って感じです。


















映画公開時にこの映画を見、音楽とともにこの映画の世界に感動した者です。
この映画に関する解説、とても素敵ですね。
見た時の感情が蘇ってきました。
やっぱりこの映画は映像も素晴らしいけど、特に音楽が素敵ですよね。
共感してくださる人がいてよかったです。
実際に映画を観た方から、自分の解説を褒められると素直に嬉しいです。
それもルコント監督の映画を公開時に御覧になっているような方の言葉なら尚更です。
是非またいらしてください。