大友克洋監督の実写作品『蟲師』を観ました。もともとは漫画ですよね。
漫画の方はどうなってるのかわかりませんが、この作品ではストーリーは映画を構成する要素の重要性でいうと他の作品、普通の映画作品に比べてすごく低い。
ストーリーが重要視されていない不思議な作品です。
蟲ってうのが、何なのかわからないまま話が進みます。
なんか生きている呪いのような、でも悪霊とは違う。
もっと自然に生きているようなもの。
森の中に漂うような、風に身をゆだねるような、水の中に浮きもせず沈みもせず浸っているような、雰囲気を楽しむ映画。
旅と蟲の茫漠感が重なって、ギンコと一緒に旅をしているような気分になります。
静かな山の景色とか、遠くで鳴く鳥の声、蝉の声、水の音、ギンコの足音。
そういうのが自然の中にいる時の感覚を思い起こしてくれます。
でも、ただ自然が美しいというだけの映像ではなく、もっと底知れぬ自然の力というか、目に見えない自然の力というか、そういう本能的な畏怖のようなものを漂わせた陰のある自然の映像です。
人間が知り得ない、人間が踏み込み得ない、そして征服し得ない力。
蟲という概念は、自然のもつ恐ろしく不思議な抗い得ない力の具現化なんだと思います。
その蟲を制するギンコに、超自然的で全知全能的な魅力を感じてしまう。
自然、森羅万象の摂理を知っているように見える。
でも、実際はギンコにも蟲の何たるかがわからない。
淡幽の家にある巻物に記録された蟲と比べれば、知らない蟲の方が多い。
現代の人間は何でも知っているように思っているけど、本当な何も知らない。
自分の育ての親に出会っても呼び起こせない記憶があったり、姿が変わってしまった人と会っても何も思い出せない。
育ての親ヌイに「再会」しても、ギンコはいつも通り、蟲に犯された人間の治癒に力を貸して、また旅に出てしまう。
人が蟲に犯されるのは、偶然その蟲がその人に接触するから。
その人を狙っているわけではない。
同じ様に人の人生でも、誰と出会うかは偶然。
必然の出会いがあるかどうかはわからない。
でも、出会いも偶然、別れも偶然。
いくつか運命的な出会いがあるだけで、他の人との出会い、もしかしたら運命的な出会いまでも、結局は淡い人間の記憶の中では形を保つことができないのかもしれない。
ギンコの旅のように、人は自分という持ち物以外何も持たずに人生を漂っているんだと思う。
そういう闇のような陰のような中でゆらゆらした世界を描きだした作品、だと僕は思った。
映画にストーリーを求める人には「難解で意味不明」になるか監督の手腕を疑問視して「駄作」になると思う。
小説ではなく、詩として観るべき作品です。
video maker(VC/DAS)(D)オダギリジョー.大森南朋.蒼井優.江角マキコ.他(俳優)大友克洋(監督)発売日:2007-10-26


















夫が非常に薦めますがまだ観ておりません。
彼はオダギリに対してとても甘いのです。
が・・・、貴方のレビューを読ませていただいて観てみようと思いました。
ありがとうございます。
普通の映画とは違う楽しみ方をしないと楽しめない映画だと思うので「ぜひ!」とは薦められませんが、映画が好きなら、とりあえずでも観てみるべきだと思いますよ。
自分のレビューが誰かが映画を観るきっかけになってくれたことを嬉しく思います。
こちらこそ、まだはじめたばかりのブログに書かれたレビューを読んでくださって、ありがとうございました。
ぜひ、こっちはぜひ、またいらしてください、お待ちしてます☆