いい映画だと思って観ていましたけど、シエラレオネの言い分を聞いてみると単純なことになんで気づかなかったんだろうとも思います。
この映画は、シエラレオネで起こっていた内戦の反政府軍が紛争ダイヤモンドで資金を調達していた事実を背景にして、ディカプリオ演じる悪徳トレーダーが「アフリカを出る」ために特大のダイヤモンドをかすめ取ろうとする陰謀を軸に、奴隷的に採掘にかり出されていた男性がイギリスで紛争ダイヤの事実を世に告発するまでを描いた作品です。
もちろん、この映画では反政府軍が悪役の立場に立たされていて、その描写がリアルでアフリカの現状を強く訴えると同時に、今でも同じ状況がシエラレオネを支配しているように勘違いさせてしまうものでした。
実際、僕も内戦が既に集結して少しずつ平和に向かいつつある現状を知っていたものの、この映画の印象が強くて、「シエラレオネ=紛争ダイヤ」というイメージが残ってしまいました。
シエラレオネとしては、このイメージこそが最大の敵で、史実ではあるものの今その状況にあるわけではないのに、観た人にしてみたらシエラレオネに投資することが反人道的なことに思えてしまう。
それがシエラレオネの内戦後の発展の途上にいるにも関わらず、海外からの投資を阻害して、シエラレオネが置かれていた現状を訴えてくれた映画であるにも関わらず結果的に不利益をもたらしている。
考えてみたら単純なことなのに、なんで観てる時には気づかなかったんだろう。
シエラレオネは日本に比べたらもちろん治安がいいわけではないですけど、平和へ向かいつつある国の一つです。
なのに、「=集団虐殺」「=強制労働」のイメージがつきまとってしまう。
確かに映画の最後は、テロップで現在は内戦が集結して平和に向かいつつあることを紹介していますが、それは論理的な理解にすぎなくて、イメージを形成するには至っていない。
人間はイメージで記憶するから、平和に向かいつつあるシエラレオネのイメージがなければ、現状を本当に知った事にはならない。
映画の内容が決してシエラレオネのためのものではなかっただけに、これは難しい事です。
紛争ダイヤの問題を提起するための映画であっただけに、終わり方はああするのがベストだと僕は思っています。
でも、シエラレオネ側からしたら、あの映画の締め方は不利益をこうむるものでしかない。
映画作りは難しいですね。
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