2008年07月21日

『813』『続813』書評

813 (新潮文庫―ルパン傑作集)アルセーヌ・ルパンシリーズの『813』を読みました。
昔一度読んだことがあったんですが、ルパン物を読みたくなって読み直しました。

推理小説、冒険小説なので内容をあんまり説明できないのがもどかしい。。。

南アフリカのダイアモンド王ケッセルバック氏が、何者かに拘束されるところからストーリーが始まります。
ケッセルバック氏を拘束したのは、すでに盗みの第一線から退くことを表明してから一度も新聞に名前が挙がらなかった大怪盗アルセーヌ・ルパン。

翌日発見されたケッセルバック氏は殺害され、現場には血で汚れたルパンの名刺が落ちている。
決して人を殺すことがなかったルパンが起こした初めての「殺人事件」。

この「殺人事件」に始まる数々の事件を巡って、ルパンの冒険が繰り広げられるわけです。


ルパンの本名は、ラウール・ダンドレジー。
怪盗としてのルパンは、母方の姓ルパンを名乗っているわけです。
怪盗としても本名のラウールを使って、正式にアルセーヌ・ラウール・ルパンと名乗っています。

他にもポール・セルニーヌとか、ドン・ルイス・ペレンナとか、いくつもの名前を持っています。

その人が本当にその人であるということを立証するのは難しいことです。
ラウール・ダンドレジーはラウール・ダンドレジーであるはずなのに、ラウール・ダンドレジーはアルセーヌ・ルパンであり、ポール・セルニーヌであり、ドン・ルイス・ペレンナでもある。

どれが本当かと言えば、どれも本当ではない。
同じ人格が持っているいくつもの顔という他ない。

同じ人格でありながら、別の人物であるこれらの名前は、それぞれがそれぞれの空間と時間を生きて、それぞれがそれぞれの人間関係を築いている。
図らずもアルセーヌ・ルパンを尊敬してしまうことになっても、自分が尊敬していた人物への尊敬は失えない。

相手のもう1つの顔が、自分の生命を脅かす存在でもない限り、人はその尊敬を抱き続けてしまう。


隠れた真実と見せ掛けの現実という、人間の世界の二重性を追究した冒険小説です。

その二重性を求め、その二重性を利用し、その二重性に裏をかかれるルパンの冒険は、時に絶望の淵に叩き落されるけど、誰にも負けないほど強い生きる情熱が何度もルパンを生き返らせる。

ルパンは、死ぬまで生き続けなければいけない。

誰よりも強く生きることを運命付けられた孤高の怪盗が迎える人生の転換の時を描いた全2巻の大作です。


posted by ぺろ at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月03日

『風の谷のナウシカ』レビュー

風の谷のナウシカ久しぶりに『風の谷のナウシカ』を観ました。
子供の頃からこの映画が大好きで、もう何度観たかわかりません。
あの頃はまだビデオの時代でしたから、テープが擦り切れて画面がざらざらになるくらい何度も観てました。
僕が生まれる前の作品なんですけど、ジブリで一番好きな作品です。


毒を放つ胞子と蟲が支配する腐海が人間の領域を侵食していく中、ナウシカは腐海が生まれた理由を突き止めようと孤独な努力を続けていて、自然と人間が共存するためには人間は無駄な殺戮をやめなければいけないと思っている。

人間が命を奪うことで、腐海の支配者の王蟲が怒る。
王蟲によって滅ぼされた街や国がある中で、とうとう人間は王蟲を逆に利用するようになってしまう。

ぺジテが発掘した古代の生物兵器みたいな巨神兵を奪ったトルメキアを風の谷もろとも王蟲によって滅ぼしてしまおうと、ぺジテは王蟲の子供を痛めつけて怒り狂った王蟲の群を風の谷へ誘導していく。

ナウシカは風の谷を守るために王蟲の子供を助け、彼らの怒りを正面から静めようとするが、王蟲によって命を落してしまう。
だが、王蟲はナウシカの死を前にして怒りを静め、金の触手でナウシカを蘇生させて森へ帰っていく。


人間と自然は共存しなければいけないけど、宮崎駿は共存の道としてそれぞれの領域を守ることが大事だとナウシカを通して言っているんだと思います。

「森へお帰り」とか、「ここは人間の入れる世界じゃないの」とか。

森には森の秩序があり、仕組みがあり、人間にも人間の秩序があり仕組みがある。
人は自然の力を借りなければ生きれない、風と水に守られた風の谷の人々はそれを自然と理解している。

けど、トルメキアやぺジテの人々は軍事競争の中でそれを知らないから、腐海を焼き払おうと目論んでいたり、王蟲を利用しようとする。
腐海も王蟲もいなくなったら、人間の生活をも脅かすことになるのに。

人間が毒に変えてしまった世界の水を、腐海の森が綺麗にして、人間や他の命を育んでいる。
綺麗な水があれば、胞子も毒を出さないし、人間と腐海が共存することができる。

ナウシカとアスベルは、それを知ってトルメキアとぺジテの人々に訴えるが聞き入れてもらえず、少なくとも風の谷だけは守ろうとするが、ナウシカは王蟲に命を奪われてしまう。

王蟲は、ナウシカの命を奪ってしまったことで森の命を守る彼らの使命からか我に返り、ナウシカを蘇生させて森へ帰る。
それを観た人々は意識を変えて、森と王蟲の「本当の姿」に気付く。


腐海の本当の姿を知らないから、人間はそれを恐れ、それを攻撃する。
テトがナウシカに怯えて噛み付いたように。

でも、テトがナウシカの優しさに触れて理解した時のように、未知のものへの恐怖がなくなればお互いに理解することができる。

ナウシカは腐海の胞子を研究していたから、腐海のことを誰よりも理解している、だから腐海を恐れるべき時は恐れ、恐れるべきでない時は恐れない。
王蟲の感情も理解できるし、他の蟲達の感情も理解できる。

相手を知ること、相手を知ろうとすることが、優しさに繋がる。

人間は自然を知って、自然への優しさを持ち、自然の領域を侵さないようにしなければならない。
でも、人間である以上、自然の力なしには生きられないから、自然の恩恵に授かる時は風の谷の人たちが風と水に払っていた敬意を抱かなければいけない。

自然は敵でもなく味方でもない、同じ世界に共存する1つの存在。
神秘的な力を持つ自然と、知恵の力を持つ人間はお互いがお互いの力になれるようにしなければならないが、それは知恵を持つ人間の仕事。
人間が自然を正しく畏怖しなければ、世界は滅びてしまう。

恐れるだけでも、見くびるだけでもダメ。
自然が良くも悪くも何を人間に与えてくれているのかを、正しく理解しなければいけない。
風の谷のナウシカ
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
宮崎駿(原著)宮崎駿(脚本)久石譲(その他)
発売日:2003-11-19
おすすめ度:4.5
posted by ぺろ at 23:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画・映像作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月01日

『ほしのこえ』映像作品レビュー

ほしのこえ(サービスプライス版)若手のアニメーション監督が作ったショートフィルム『ほしのこえ』を観ました。

可能性とかポテンシャルを感じる作品ではありますけど、この作品単体で観たら別に新しいことをやっているでもなく、ストーリーもオリジナリティにかけて、ネット上にある感動系のフラッシュアニメーションにありそうな話。

背景は綺麗だけど、「綺麗でしょ?」って押し付けられているような感じで、比べられる人ではないですけどジブリの背景を描いてる男鹿和雄さんに比べたら人為的すぎる表現です。

自然が僕らの心に伝える感動は確かに大きいものですけど、何気なく感じとる大きさであって、身近にある自然が僕らに与えてくれる感動はもっと茫漠とした小さな震えのような感動だと思います。
強い感動を伝えようとする神秘性とか幻想性を含んだ自然の色彩が、自然の光であるはずなのき機械的な印象を受けてしまいます。

シリウス系の惑星から太陽系に攻めてくる宇宙人が有機的な機械を使っていたり、ロボットを操縦する主人公の女の子の心象に主眼を置いて表現する展開だったり、エヴァンゲリオンとかガンダムの路線をそのまま踏んでいて新しいことをやってやろうという意思を感じない。
「ああいうものを作りたい」っていうファン意識による模倣にしか見えない。

でも、可能性は感じる。

この監督は、いつか革新的な作品を作ってくれるような気がします。
まだこの作品ではそれができていないけど、できそうな予感が漂っています。

今後に期待な作品。
ほしのこえ(サービスプライス版)
コミックス・ウェーブ
発売日:2006-11-17
おすすめ度:4.0
posted by ぺろ at 13:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・映像作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月26日

『ルノワール 幸福の画家』レビュー

Auguste Renoir, 1841-1919, the Painter of Happiness (Taschen Jumbo Series)古本屋でルノワールの画集を見つけました。
輸入版の定価5900円の所、1500円でした。
しかもカバー以外は新品同様。

久しぶりにいい買い物でしたよ。
美術を学ぶ者としては、カバーがボロボロでも中身が綺麗なら問題ありませんからね。

ルノワールの作品が600点も収録されてて、大判の書籍で、印刷も精巧で色彩も綺麗に再現されてて、1500円でいいの!?って感じです(笑)
知らなかった作品とかも載ってて、ルノワールファンとしてはすごく嬉しい1500円。


「色彩の魔術師」と言われるルノワールの作品は、花畑みたいに鮮やかな色彩で描かれていて、暖かみとか温もりに満ち溢れた作品です。
しかも、肖像画を描くのが天才的に上手く、女性画を多く残しているルノワールの描く女性、特に少女は、本当に目の前にいるその人の心が伝わってくるような感覚になるほどに、感情表現がたくみです。

ルネサンスの画家ティツィアーノに影響を受けた色彩と、ラファエロから吸収した構図で、落ち着いた画面でありながら、そこに描かれている人の心が溢れるように伝わってきます。

今まで美術館で観たのを除いては、小さい印刷物でしか観たことがなかったので、この本を買ってからはルノワールの絵に魅了されっぱなしです。

これから古本屋で買いあさって、画集マニアになってしまいそうです(笑)
posted by ぺろ at 00:37| Comment(2) | TrackBack(0) | デザイン系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月21日

Coldplay、iTunesのCMソング

Viva la VidaiTunesのCMで流れてるColdplayの歌を気に入って、思わずCDを注文してしまいました。

あんまり洋楽は聴かない、というか全然聴かないんですけど、たまにCMソングで気に入ってハマるバンドがちらほらあります。

なぜか100%ロックバンドです。
しかも、なぜか100%イギリスのバンド。
アメリカの音楽はあんまり好きになれないみたいです。

いつだかソニーのCMでOasisの「Whatever」が流れてて、それがきっかけでOasisにはまりました。
今度は「Viva la vida」がきっかけでColdplayにはまるのかな。
CD届いたらわかります。

歌詞の深みとか、ヴォーカルとか、メロディーラインとか、何曲か聴いたんですけど結構好きです。
新しくお気に入りアーティストが増える予感。

↓そのCMはこれです↓
Viva la Vida
Parlophone
発売日:2008-06-17
おすすめ度:4.5
posted by ぺろ at 01:54| Comment(8) | TrackBack(0) | 普通の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月20日

『火垂るの墓』ドラマ版レビュー

終戦六十年スペシャルドラマ 火垂るの墓実写ドラマ版の『火垂るの墓』を観ました。

アニメの出来がよすぎたので、そのイメージが強くて実写だとどういう感じになるか、ちょっと不安な面もありましたが意外とよくできていたと思います。

節子の雰囲気がアニメ版そのままだったのは感動しました。

アニメと同じ小説を原作としているので、内容は説明する必要はないと思うので割愛します。

兄妹2人の悲劇に心を動かされるのは相変わらずなのですが、松嶋奈々子の演技に取ってつけたような違和感があって、それだけ興醒めでした。
せっかく2人に感情移入していたのに、松嶋奈々子の演じる不自然な厳しさが、今見ている映像がドラマなんだということを思い出させて、毎回がっかりする。

2人を取り巻く人たちが生きるために他人に厳しくして自分を守っている中で、松嶋奈々子が1人だけ役者に見えてしまう。
子役2人の演技が素晴らしいだけに、松嶋奈々子の演技が邪魔でしょうがなかった。

まるでその部分だけメイキング映像が差し込まれているような、戦争の悲劇に巻き込まれて死んでいった2人の兄妹のドキュメンタリーではなく、ドラマ制作の様子を伝えるドキュメンタリーな感じがして残念。

他は素晴らしい。
ドラマとは思えないクオリティで、あまり好きではなかった俳優の要潤の演技が好きになりました。
軍の広報みたいな人たちに食って掛かる清太を止める時の演技はほんの一瞬の演技でしたけど、心に残りました。


兄妹を演じた石田法嗣と佐々木麻緒の素晴らしい演技力に感動する作品です。
本当の兄妹みたいだし、本当に戦争の中にいるみたいで、本当に辛い生活をしているのが伝わってきました。

病気で憔悴した節子の表情、節子の亡骸をおぶって歩いて行くシーン。

どちらも2人の演技力がなければ、あんなにいい映像にはならなかったでしょう。
2人の才能が今後どう花開いていくのか楽しみです。
終戦六十年スペシャルドラマ 火垂るの墓
バップ
野坂昭如(原著)
発売日:2006-02-22
おすすめ度:3.5
posted by ぺろ at 13:38| Comment(5) | TrackBack(0) | 映画・映像作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月19日

『神童』映画レビュー

神童成海璃子と松山ケンイチ主演の映画『神童』を観ました。

初めて成海璃子観ましたけど、まだ15歳なんですね。
15歳でこんな演技ができるなんて信じられません。
役だけじゃなく、役者も神童です。


そんな成海璃子が演じる13歳の天才的なピアニスト成瀬うたと、松山ケンイチ演じる才能のない音大受験生菊名わおの話。

下手だけどピアノが大好きなわおと、ピアノが嫌いだけど天才なピアニストのうたが出会って、うたに教わったわおは少しずつ上手くなっていき、わおを見ていたうたは少しずつピアノが好きになっていく。

でも、うたは母親に強制的にピアノを弾かせられていて、それに対する反抗から自分がピアノを好きになっていく気持ちに素直になれない。
本当は、子供の頃からずっとピアノが好きだったのに、同じ様に天才的なピアニストだった父親が死んでしまってからは、いつの間にか母親に強制されるようになって嫌いになってしまった。

でも、下手なのにピアノを愛しているわおに出会って、自分もピアノが好きなんだと気付き始める。

時を同じくして父と同じ難聴の兆しが見え始め、うたはピアノが弾けなくなる不安に苛まれる。
その不安が、より一層ピアノが好きだという気持ちを呼び起こして、うたは自分はピアノが好きなんだと素直に認められるようになる。

美術ばっかり得意だった僕には音楽のことはサッパリわかりませんけど、美術よりも鋭敏な感覚が大事であろう音楽に心が大きな影響を与えるのはわかります。

母と対する時、うたはピアノが嫌いになるけど、ピアノが大好きなわおを前にするとピアノも音楽も大好きだと思える。

難聴の兆しが見えて、わおのお陰でピアノが好きな自分に気付いて、音楽を楽しめるようになった時に世界的なピアニストの代演をすることになる。

その演奏を最後に、うたの耳は聴こえなくなる。
うたは、子供の頃に父親と共に訪れた「ピアノのお墓」に売られてしまった父のピアノを探しに行く。

音楽が大好きだった子供の頃の記憶が、うたをそこにまで連れて行く。
父のピアノを前にして、鍵盤を押してもその音が聴こえなかったうただけど、うたを探して来たわおが鍵盤を押した音で聴覚が蘇る。

「音楽」は、音を楽しもうとしなければ聴こえない。
音楽を楽しまなければ、いい音楽は生まれない。

下手だけど楽しんでいるわおと、上手いけど嫌っていたうたが出会った事で、2人のピアノにいい音楽が宿る。


成海璃子の演技の素晴らしさがあってこその映画。

ただ、脚本がいまいち。
取ってつけたような台詞が多くて、現実味がない。
安いドラマ程度の言い回しで、せっかくの演技が台無しになってる。

台詞がない部分は、すごくいい。
2人の演技が2人の気持ちを伝えてくれる。

ちょいちょい出てきた中学生たちの演技も上手かった。
若い才能に助けられた映画です。

もっといい脚本があれば、もっといい映画になったはず。
それだけ残念。
神童
VAP,INC(VAP)(D)
発売日:2007-11-21
おすすめ度:3.5
posted by ぺろ at 14:10| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画・映像作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月17日

『白』原研哉 書評

白グラフィックデザイナーの原研哉さんの著書『白』を読みました。
白という色、白という概念、白という感覚についての考察、エッセーみたいな感じの著作でした。

世界に完全に白いものは存在しない。
必ず白はいくらか汚れている。
でも、完全に白いように思うものがある。
それは周りとの対比で白が際立っているから。

白というのは色という範疇を超えて、概念みたいになっているもの。
本当の白は自然界には存在しないし、誰も見たことがないはず。
ただ、白を感じることはできるし、白だと思うことがある。
見たこともないのに白という概念がある、白は特別な概念なんだと。

白という色の特性には光の足し算としての性質と、色の引き算としての性質がある。
白は色でありながら、色ではない。

何かになる前の状態が白、まだ何にもなっていないのが白。

白の概念は、あらゆるものに広がりを見せていて、不可逆性、一度何かしたら元に戻せないという事が、白の持っている本質ではないか。
だからこそ、白に対するアクション、色を塗るとか、字を書くとか、そういうものは緊張感を伴っている。

それが絵画となり書道となり、人類の文化を発展させてきた。
不可逆性を伴わない白が存在していたら、人類の文化、特に日本の文化はここまでの深みを持つことはなかっただろう。


原研哉さん自ら装丁した本ですが、紙がとても白く見える。
実際に他の本と比べてみたら、実際に白かった。
今まで白だと思っていた紙は、それほど白くなかったみたいです。

表紙から背表紙にかけて書かれた「白」というタイトル。
右端は背表紙なので、表紙側から真直ぐ見ると右端に奥行きが生まれる。
そして、実際真直ぐ見ていることにならないんですが、その白という文字の右端は本の輪郭の右端に接するようで接しない。

その微妙な限りなくゼロに近い感覚、そして単純なようで奥行きが深いというイメージ、それが白なんだというメッセージが込められているんだと思います。

また白は、引き算と足し算の両極にあるものだと書きました。
それをイメージしてるのか、カバーの示す表紙の側から読むと日本語、反対側のページから読むと英語で、最後に真ん中らへんで両方の「本」が終わります。
その最後の極点が白なのか、最初の極点が白なのか。

いろいろ考えさせられる装丁、装丁だけでこんなに考えさせてくれる本です。
単純に色の1つだと思っていた白が想起するあらゆるイメージや感覚、そして思想、文化、歴史、そういうあらゆる多角性に気付かせてくれる本です。

面白かったので、買った日に読み終わっちゃいました。
白
中央公論新社
発売日:2008-05
posted by ぺろ at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | デザイン系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月16日

伝えるという事

今まで自分が書いた映画レビューを幾つか読み直してみました。

やっぱり「よく書けてるな」って思うものと「全然ダメだな」って思うものがあります。
そういうレビューを読んでいると、何が良いレビューで、何が悪いレビューなのかが見えてきました。

当たり前のことですが、その映画の雰囲気や良さが伝わってくるレビューが良いレビューで、それができていないのが悪いレビューでした。

その単純なことに気付いた時、原研哉さんという日本を代表するグラフィックデザイナーの方の著書『デザインのデザイン』の中で説明されていたことを思い出しました。
グラフィックデザイン(=視覚伝達デザイン)とは、感覚でできた建築を相手の心(か頭)の中に作るものだ、という内容です。

例えば「メロン」を人に伝えるとします。
方法が自由だとしたら、紙にメロンと文字で書く人、メロンに見える絵を描くことで伝える人、味で表現する人、匂いで表現する人、いろいろいるでしょう。

でも、それは「メロンであること」を伝えることしかできていないわけです。
「それ=メロン」という記号的な伝達にすぎないんです。

そのメロンには、味があり、匂いがあり、大きさがあり、重さがあります。
それだけじゃなく網目模様の雰囲気とか、形の妙とか、いろいろ人間は無意識のうちに感じ取っています。

そういう感じ取ってしまう要素を幾つも利用して、伝えたいことを相手の中に構築していくのが視覚伝達デザインです。
メロンであることを伝えるなら、メロンという文字でいいわけです。
でも、メロンらしさというか、「そのメロンを感じる」ためには味とかそういう感覚的なものが想起されなきゃいけない。

映画レビューも同じです、映画に留まらず批評の類は全部同じです。
その映画、その作品が持っている「デザイン」、それから伝わってくるものを違う形、文章と言う形で表現しなければいけないのがレビュー。

考えてみたら、とても難しいことです。
でも、それだけに面白い、やりがいに満ちています。

自分で書いたレビューには、「その映画」が伝わってくるものもあれば、伝わってこないものもあるし、間違った伝わり方をしているものもある。

ふと、原研哉さんの著作を思い出したら、レビューと言うものが何をするべきかを把握できました。
感覚的にレビューと言うものは、どうすればいいのかがわかった気がしています。

これから、ただ観た映画の感想を述べるだけじゃなく、「その映画」が伝わるようなレビューを書きたいと思いました。

難しいことけど、それだけに面白い。

人間、何事も精進ですね。
たかがブログですが、そこに自分の成長のきっかけが眠っていました。

グラフィックデザインを志す僕としては、言葉というメディアの違いはありますが、伝える能力を向上させることは自分を高めることに繋がるでしょう。

精進、精進。
デザインのデザイン
岩波書店
発売日:2003-10-22
おすすめ度:4.5
posted by ぺろ at 02:17| Comment(0) | TrackBack(0) | デザイン系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月14日

『新世紀エヴァンゲリオン』TV版レビュー

NEON GENESIS EVANGELION DVD-BOX最近、TV版の『新世紀エヴァンゲリオン』を最初から見直しました。
新劇場版』を観て、最初に作られたエヴァを観ないとこの後に公開される2つの映画に込められた意味、表現したい事や物を理解することが出来ないと思ったからです。

で、TV版を見直してみたら、今まで勘違いしていたこととか、忘れていたことが出てきて、より深くエヴァを理解することができました。
でも、まだわからないことも幾つかあるし、新しく増えもしました。
どんだけ深いんでしょうね、この作品は。


旧作のエヴァンゲリオンは、最後に映画とTV版2話が完結編になっています。
この映画とTV版は、時間的に前後している話ではなく、同時に起っていることを2つの世界から描いたものです。

映画は物理的世界、つまりシンジにとっての外界から。
TV版は心理的世界、つまりシンジにとっての内界から。

人間は内界と外界の両方に跨って生きています。
ただ、外界という存在は心理的把握を通じて始めて理解されるものですから、外界の存在は内界の存在なくしてはありえません。

だから、人は自分が自分で作り上げた「外界像」の中に生きるしかない。
そこに描かれた世界が、自分にとっての世界なんです。
人はその世界から出ることはできないし、他人の中にある世界に入ってその世界を生きることはできない。

ただ、他人の世界の中には、他人がその世界に描いた自分がいる。
アスカが描く世界の中には、アスカが見たシンジがいる。
シンジが描く世界の中には、シンジが見たアスカがいる。

そして人はその世界に自分の存在理由を問う。

シンジは母を無くし父に捨てられて、自分はこの世界にいらない存在だと思い、誰かが自分を求める理由に従って生きる。
エヴァのパイロットとして世界を救うのはシンジにしかできない、周りがそれを求めるから自分はエヴァに乗る。

アスカは母の目に自分が映っていないのを見て、そして母が自分の変わり身である人形と一緒に心中するのを見て、自分は自分、何もかも自分で決めて自分1人で生きて、周りの人間に自分のすごさを認めさせたいと思う。
だからエヴァに乗って、自分が世界を救うんだと強く心に誓う。

レイは自分が誰だか分からない、自分は作られた存在だから、自分には感情が欠如している部分があると思い込む。
自分はエヴァに乗るために作られた人間だから、エヴァに乗る。

「エヴァに乗る」というのが、自分のアイデンティティを決定する行動として象徴的に描かれています。
その行動には理由がある。
なぜ「エヴァに乗るのか」が、それぞれのアイデンティティの表れ。

ただ、そのアイデンティティに疑問がある。

誰かが乗れというからエヴァに乗る、乗りたくもないのに。
自分はいいパイロットだからエヴァに乗る、でもシンジの方が優秀。
自分はエヴァに乗るためにいるからエヴァに乗る、でも碇親子はそれ以上に自分を大切に思ってくれる。

「エヴァのパイロット」であることがアイデンティティではない。
エヴァのパイロットではない自分も存在した可能性がある。
その自分も紛れもない自分。
自分のアイデンティティは、エヴァのパイロットであることではなく、自分が自分であること。

人類補完計画によって、全ての人は求め合う理由、満たしあう理由を解決し、全ての人間の心から欠如したものがなくなる。
でも、それは自分が自分を失うことであって、そこに満足感なんかない。

人類の補完を担うシンジは、最後に補完を拒絶する。

自分は他人ではないから、自分でいられる。
自分でいられることは、とても幸せな事。
他人が自分を求めてくれるし、自分が他人を求めることができる。

不完全な心を持っていても、自分が自分であることに代わりはないし、それが自分が自分でいるいる理由だから、自分は自分でいたい、他人ではない自分でいたい。

母と言う絶対的に味方でいてくれる存在から離れる。
父と言う相対的に敵である存在と同じ様に立つ。
そこで始めて、自分が自分になる。


人間の心理的世界を描いたことで、革新的なアニメだと言われています。
アニメは外界を描くものであったのが、エヴァンゲリオン以降は内面世界をも描いていくものになる。

日本のアニメが、世界のアニメとは絶対的に違う立場にあるのは、その点だと思います。
日本のアニメは深く深くテーマを掘り下げていく。
けど外国のアニメーションは、相変わらず「動く絵」でしかない。

どっちがいいわけでもないですけど、日本では1つの表現の方法として芸術の一分野に確立されています。

オープニングにサブリミナル効果を利用していたり、黒地に白字を使うだけの映像で「動く絵」から脱却を図っていたり、斬新な手法を取り入れたすごいアニメです。
日本語の「アニメ」という言葉は今や「絵画」とか「音楽」とか「映画」とかと同じレベルに置ける言葉になっています。

宮崎アニメが芸術的領域にまで到達していますし、彼の弟子である庵野監督が作ったエヴァンゲリオンもアニメが更に新しい表現方法として使われていますし。
日本のアニメはこれからも新しい進化を続けていくでしょうね。
NEON GENESIS EVANGELION DVD-BOX
キングレコード
GAINAX(原著)
発売日:2003-06-25
おすすめ度:4.0
posted by ぺろ at 13:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・映像作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする